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EX@短編小説『カネ目当てと愛を使い分けて何十人もの男のママになる』

 光夫は肉体労働者。六十歳代後半。企業を定年退職し、日雇いで続ける。日給で一万円。独り者だが、籍だけ有る妻と娘がいる。私と光夫は五年ぐらい前に近所の居酒屋で知り合った。光夫は土曜日はスナック街に行き、一晩で五万円は使う。スナックAほとんど一筋だが、Bにも行く。毎週土曜日にAで閉店まで飲み、後はAのママと一夜を過ごす。飲み代に一万五千円。一夜を過ごすのに三万円。それとホテル代。飯代。要するに一週間の稼ぎを土曜一晩で使う。
 私はスナックは行くが一筋ではなく、A,B,Cに順繰りに一週間に一回、行く程度。私はボランティア団体の理事長をやっており、光夫はその会員でもある。光夫が死にでもしたら通夜ぐらいは行くべきだろう。
 火曜日に朝から腹痛があり昼に帰らされたと光夫からメールがあったと、水曜日にAのママから電話で聞いた。私は光夫の携帯に電話してみたが、出て来ない。金曜日には土曜日にスナックAに行くと光夫からメールがあったと、日曜日にAのママから聞いた。
 日曜の朝の九時頃、光夫から私の携帯に電話があった。声が弱っている。すぐに切れた。その後、Aのママに電話をしてみたが出て来ない。午後二時頃、Aのママから私の携帯に電話があった。
「光夫がD病院に入院している。面会に来ている。イレウス(腸閉塞)。弱っている。痩せている。助けてあげて」
 Aのママがこんなに真剣になったのを聞いたことがない。私は三時から六時までボランティア団体のミーティングがあるので、それが終わってから行くと伝えた。私は光夫を知るスナック街の女たち数人に事務所で待ち合わせてD病院に面会に行こうと連絡した。結局、スナックBのママと行くことになった。
 スナックBのママは店に出る服装。面会には似合わないが、まあいいか。それと見舞いと言ってE屋のおかきをもっていた。
「イレウスにおかきはないやろ。」
イレウスの基本的治療法は絶飲食である。イレウスを甘く見てはいけない。Bのママもさすがに反省していた。
 タクシーでD病院に到着。受付はいない。インターホンで患者氏名を言うと、210号室へどうぞとのこと。わたしはBのママと病室へ行く。E屋のおかきをママは隠すように持つ。
 光夫は寝ていた。他の面会者はいない。私が声をかけて手を出すと、握手。握手はできる。顔から足の先まで痩せている。声が細い。もはやかつての面影はない。〇〇ブルースを歌う声はない。
私が「いつ入院したん?」
光夫が「金曜日の夜(土曜の2時頃)」
私が「救急車を呼んだん?」
光夫がうなずく。
私が「誰が?」
光夫が「自分で」
私が「保険証をもってないやろ?」
光夫が「うん。明日、会社が申請してくれる」
私が「今日までの分は十割負担やな。まあ、保険料を払ってないんやから、このほうが安くついた」
光夫はうなずく。覚悟はできているようだ。
私が「妻子に連絡したん?」
光夫が「電話したけど出てこえへん。もう出てこえへんやろう」
光夫は枕元に携帯電話を大事そうにおいていた。
 私はナースステーションに行ってみた。看護師も日曜日だけのアルバイトのようで光夫のことを把握していない。看護師は二人だけ。医者はいそうもない。一様、看護師に私の名刺を渡しておいた。
「うちの会員です。何かあったら連絡してください」
看護師はうなずいた。少しはものの分かる看護師のようだ。
 光夫の病室に戻るとき、向こうから六十代の女性と三十前後の女性が現れた。六十代の女性に「奥さんですか?」 その女性はうなずく。三十前後の女性に「娘さんですか?」 その女性は答えない。三十前後の女性ははっきり言って美人である。光夫とは似ても似つかない。
 看護師も出て来ないので、私がそれらの女性を病室に案内する羽目になった。
 Bのママは光夫と話していた。そこに二人の女性が現れたのだが、Bのママは直ぐに理解したようで、引き下がる。ところが、三十前後の女性はBのママに向かって、「あんた誰?」
 私はBのママに来い来いをして退室しようとする。光夫は二人の女性と話していたが、私たちのほうを指して「お世話になっとんねん」 二人の女性はさすがに退室しようとする私たちのもとへ。私は三十前後の女性と見つめ合う形になった。その女性にも名刺を渡しておいた。その私の下心やいかん? 私とBのママは退室し病院を出た。
 Bのママと手をつないで近くの駅まで歩いた。Bのママが「人生っておもしろいね」 確かにそれしか言いようがない。二人で感動していた。つなぐ手がしなやかに軽やかに。暑い日でママの手も腕も汗ばんでいたが。
 二人で電車でスナック街に戻って、焼き鳥屋に入ってみたが、混んでいたので、スナックBへ行き、中華料理の出前を頼んだ。Bのママと食った。うまかった。
 しばらくしていつものやかましい客と女の子が「同伴」を終えて入ってきた。やかましい。職場の自慢話を大声でする。カラオケをがなる。私にまでちょっかいを出す。カラオケはひそやかにしなやかに歌うもの。私がそう歌っていると、例のやかましい客が「もっとストレスを発散するように歌わんと」 私はカウンターに座ったまま振り向かない。こんなくだらぬ男の話をきいてやるスナックの女たちは大変である。私はやかましいくだらぬ、粘着的で支配的で自己顕示的な男たちを黙らせたい。だが、そんな男たちがいないとスナックの女たちの生活が成り立たない。わたしはいつもそんな話を女たちとする。女たちは大笑いをする。私は結局、最後までひそやかにしなやかに歌った。カウンターの中の女の子と見つめ合う。ただし、見つめ合うのは数秒だけ。いや、ゼロコンマ数秒。
 結局、そのやかましい客と女の子も帰り、再びBのママと二人っきりに。E屋のおかきの話に。それと三十前後の女性から「あんた誰?」と言われた話に。「まあ、俺の名刺を渡しておいたからD病院も光夫を粗末に扱えへんやろ。ついでに君の店の名刺も渡しておけばよかった」 Bのママは大笑い。「そんなことしたらぶちこわしや」
 私はBのママと光夫がAのママに貢いだカネを計算してみた。土曜の夜だけで五万円、一年五十週と見て、一年で二百五十万円、十年で二千五百万円。私は思わず「君らってすごい仕事しとんやな」 Bのママはうなずく。
 結局、E屋のおかきは私がもらった。そのおかきの行方やいかん? 私はA,B,Cの中では最も寂れたスナックCにも寄って、そのおかきをママに渡した。他に客はいない。ママは大喜び、ついでに、そのおかきの出所を含む今日の話で大笑い。このときが一番、楽しかった。それから家に帰ったが、当然、妻も子供も寝ていた。くだらぬ価値観を押し付ける父親より、こんな父親のほうがマシだと思わないか。世界中の娘たちよ。
 翌日の月曜日の昼休み、スナックAのママから電話がかかってきた。
「実を言うと、私、今朝も光夫の面会に行ったんやけど、面会簿に奥さんが五分前に入ったとあったから帰ってきた。今、光夫が本当に必要としとるもんなんやと思う?」
「…」
「携帯の充電器や。そやけど渡せんかった。光夫の携帯つながらへん」
 これである。カネ目当てと愛を使い分けて何十人もの男のママになる。こういう人生もある。何十人もの男のママになる女にも一人の特別な男がいるとは言われる。だが、特別な男などいない。特別な女もいない。どんな男も女もくだなぬ人間だ。私はスナックの女たちと人生を舐めて生きたい。かえすがえすも、やかましいくだらぬ、粘着的で支配的で自己顕示的な男たちを黙らせたい。だが、そんな男たちがいないとスナックの女たちの生活が成り立たない。

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